仕事と晩飯とその他

日記です。

仕事のおかげで

同じところをグルグル回り始めていたので、忘れないように頭のどこかに置きつつ、日々の仕事を淡々と進めていく。

すっかり運転することの減ってしまったクルマ。ガソリンはさっぱり減らない。

それにしても土日のあっという間であることよ。

月曜の夜は久しぶりに家で飲む。すぐに酔っ払った。

よく眠れるといいが。

残念ながらあまり良く眠れなかった火曜日の朝は某所に直行。普及促進の実務は粛々と進んでいるが劇的な変化はまだやってこない。年明けに来るか?

同業の先達とお昼。仕事のことで色々と聞きたかった話をあれこれ。「職人が力を発揮できる場としての書店」についても。その過程で、某チェーン進出時の某社長のエピソードを伺う。なるほど、そんなことを仰っていましたか。場は直接そこに参加している人間によって作られているだけではないのだということを改めて思う。加えて、アメリカやドイツでの動向、特にボーダーズ破綻以降の小さな変化の兆しとドイツでの小書店復活(の、これも兆し)と日本の現状との控えめな比較、さらには、収入によらぬ豊かさや「やりがい」をモノにしつつある若者層の方向性とシュリンク気味の給与体系が重なり思いがけず「普通」へと収束しつつあるというのではという視点。

中途半端な時間になったので社に戻って返品の量を聞いてげんなりしつつメールなど片付けてから倉庫へ。作業を終えて換える直前に来週もう一度、年内最後の搬入ありということを確認。よかった。

例のAPI(だけでなく気がつくとその周辺まで含んで大きな話になっているが)についても宿題を色々と抱えることになった。が、楽しい。

火曜日の朝は某所に向かうために前の会社で使っていた通勤ルートを歩いた。会社までの道程としてここを通っていたのは17・8年前のことだ。変わった店も変わらない店もあるが俺自身はどう変わったのだろう。結婚して子どもが生まれて会社が変わって仕事は変わらない。いや、変わらなかったわけではない、あの頃はできなかったことがあった。色々な仕事を手伝いたくとも力も理解も足りずに手も足も出ない話が山ほどあった。相変わらず力などないし理解も足らず知恵も回らずで自分に失望することも少なくはないが、それでも今は前とは違う。例のドットコムや某所で、自分の経験不足だけでなくあの頃の立場や仕事の内容や所属していた会社ということも含め、やりたくてもできなかった大きな意味での標準化や改善の動きに自ら主体的に関わることができる。

亡くなった田中さんのことを思い出す。ああ、俺もやっとこういう仕事が(少しは)できるようになりましたよ。

やらねばならないことは尽きないが、その解決のためにわずかながらでも力を差し出すことができるということの幸せを思う。仕事で救われている部分があるのかもしれない。