仕事と晩飯とその他

日記です。

不謹慎だから自粛とかそういうのじゃないよ、もう

まだまだ「不謹慎とか自粛とかダメ!」ってヒト少なくないけど、もう「不謹慎だから自粛しました」とかそういうことじゃないと思うんだよなあ。どんどん中止される何かが「不謹慎だから自粛」だと思い込んでいるヒトは「経済」が以前と同じ状態にすぐに戻ると考えているのだろうか。

既に忘れられちゃってるのかもしれないけど、外食も観光も小売も、そしてもちろん出版も、震災前から景気は下降していたし、かなり苦しい状態だった。

震災直後は確かにイベント等の「不謹慎だから自粛」はあっただろう。けれど、ここ最近の「中止」や「休止」には、徐々に他の理由が見え隠れするようになってきている。

夏の花火イベントが消防警察行政との警備の準備が難しくなったら中止という話は噂レベル? 某美術展が対象となる美術品の貸出を断られてやむなく中止という話はどうなのだろうか。

出版では紙やインキの不足が現実のものになっている。刊行の遅滞はいつものことだが今回は外部要因がある。

間接的に耳で聞いた話。アルバイトは全員しばらく自宅待機という書店の話を営業の人間が仕入れてきた。2店舗。計画停電の影響で短縮営業のうえ客足も遠のいているからとのこと。先日の日経には某書店チェーン会長によるはっきりとした売上減の話が載っていた。

1.単なる自粛、2.外部要因(停電や原発不安含む)での停滞・休止、3.(震災前より拡大した)不景気で縮小、の3つの「縮小」。

これらが、だいぶ前から不況にあえいでいた業界を直撃している。

次に来るのは(原発を前提とした)以前の時代にはあえて戻らないという選択を前提とした「縮小」だろう。もちろん、以前の時代にはあえて戻らないという選択を前提とした「新たな提案(特に電気エネルギーについての代替提案)」はありうると思う。けれど、それについてはちょっと前までのつんのめったような「経済」とは別物になって欲しいという願望もないわけではない。結局いくら経済が回ってたって貧乏人はわずかな利便性のおこぼれに預かるだけで本質的な儲けはあまり分けてもらえていなかった(バブル期に貧乏学生だったオレにとってはとてもリアルな話だ)。

暗い気分になるが、よく考えてみると出版業界だけでなくここ最近は暗い話ばかりの業界なんてザラだったのだ。その中で生き残ろうとそれぞれ工夫を重ねていた。それは無駄じゃない。ここを越えれば。いや、ここを越えなくては。