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日記です。

ほぼ日というメディア その2

http://www.1101.com/HB/soukan.html

書店での流通を主にする朝日出版社にとって「ほぼ日」というメディアの特性を把握し、それをコントロールするということは手に余る行為だったのかも知れない。しかし、その後に角川から刊行された単行本についてもネット上での取組が充分であったようには思えない。

糸井氏にとってメディアを操ることは全てにおいてあまりに当然のことであり、それなくしては何事も成せないと考えているのかもしれないが、出版社にとってそれはとてつもなく難しいことなのかもしれない。たとえ角川であったとしても。

新文化だったか何だったか忘れたが、糸井氏の”売る技術どうこうに長けたところでしょうがない”といった意味の発言を読んだ。それについては自分も同感するところがあるが、出版流通などといった狭い世界の話ではなく、メディアの海を泳ぎ、メディア自体をコントロールする技術に、同時代の人間の中でも非常に高いレベルで長けていると言っても過言ではない人にそれを言われても、素直に受け取れない。

「売る技術としての出版業界の技術など、メディアをコントロールすることに比べれば鼻くそのようなものだ」と言われたほうがすっきりする。

もしくは「本だから書店で取次を通して売るって事に拘っていること自体、もっと言えば出版社だからって本を売るって事に拘っていること自体ナンセンスな話で、商品や流通の形態なんてものがそもそも自由なんだって事に気がついていない出版社は駄目だよね。そもそも出版って言葉にこだわること自体が現時点で既にアウトなんじゃないかなあ。」ぐらいのことを言って欲しい気もする(というか裏では言ってそうだが)。

そのぐらいのことを言われた時に、出版という事業をどう捉えなおすことが出来るか、その辺が分かれ道だろう。「そうだよ、ウチの会社でもサイトのコンテンツを充実させて読者を囲い込もうぜ」とか「グッズ売ろうぜ」とか、ほいほい乗せられている場合ではない。