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日記です。

「いい本屋」とはどんな本屋か。 〜「品揃え」の三つの側面

以下、個人の意見と感想、というか、日々ツラツラと考えていることを忘れないようメモ。

「いい本屋」というのがどういうお店かという意見は多様にあるとは思うが、自分は、「(一部であっても)お客さんが面白そうと思える本が手に取って確認できる」、「そのうえで、その品揃えの中で数を売れるものを充分に確保できる」書店に可能性を感じる。そういうお店に入ると単純に「あ、いいな」と思う。

商売として「いい店」に立地と広さや在庫数は不可欠で、それはよくわかる。けれど、「こんな店が近くにあったら通うかも」みたいなことを感じるのに立地や広さ、在庫の数などはあまり関係ないのではないだろうか。経験の範囲ではあるが、自分にとって便利でない立地のお店であっても規模の小さなお店でも、「ここはいいなあ」と思うことはままある。

商売としての「いい店」を考えた時には、結局のところ客商売なので、「来店客を増やす」ことが重要な課題になることは間違いない。通勤や通学の途中で気軽に立ち寄るタイプのまさに立地の非常に良いお店はともかく、通常は「新規の顧客を呼び込みつつ、再来訪してくれる客を増やす」ことは大きな課題のはずだ。その際、オンライン書店に対しての勝ち負けがどうこうは瑣末な話だ。

自分が「広さや立地とは別に感じるもの」を整理してみると、どうやら「品揃え」が重要であることに気が付いた。けれど、そもそも雑駁に言ってしまう「品揃え」てなんだろう。

そこで、「品揃え」について、改めて考えてみることにした。

品揃えについてまず最初に考えたいのはデータベースの問題だ。「利便性ではアマゾンが勝る(逆に言うとリアル店舗はアマゾンより不便)のだからリアル書店は遅かれ早かれ無くなる」という意見もあるかもしれない。アマゾンが勝っている点としてデータベースの網羅性を挙げる方は少なくない。もちろん配送や梱包も挙げられるが、それ以上に「なんでも揃っている(それが事実かどうかはともかく)」という期待に応えるDBの充実は評価の対象となっている。実際、アマゾンがDBを充実させるための努力には凄まじいものがあるが、それは重要性をとことん理解しているからに違いないと思われる。

本来、店頭にある商品の「品揃え」と「データベース」は別の話だ。が、本来別のものであるはずの「(リアル書店での)品揃え」と、「オンライン書店での(データベースの充実)」が、意識的であれ無意識であれ混同され比較されることによって優劣を与えられてしまっているという現実がある。書店でも最近は店頭検索などを充実させつつあるし、取次の在庫と連動させようという動きもある。が、それはあくまで「(店頭の)品揃え」とは別の話だ(店頭検索が無意味ではないという点は後述)。

品揃えに関してはもうひとつ「入手できるか否か」という点も優劣を与えられやすい。オンライン書店に於いては在庫そのものと出版社や取次から得られる在庫ステータスが最重要な課題となる。リアル書店では「何処でも買えるはずの本が置いてない!」という客からの反応が品揃えに関する失望で最大のものだろう。「テレビで宣伝してた本なのに置いてないの!」と、お怒りのお客様は少なくない(このあたりは実体験)。店頭での入手性は店頭在庫の有無によって判断される。本屋はどこも同じ品揃えの金太郎書店で、など揶揄されることもあるが、現実には売れ筋のものを、それを目当てにその時だけやってくる客の数を上回る程度にガッチリ確保するのは至難の技だ。書店の「品揃え」を支える書店員の技として「売れ筋の確保」は昔も今も重要だ。つまり、リアル書店に於いても「在庫」は「品揃え」についての最重要課題となる。

さらにもう一点、「品揃え」を左右する要素として「選択」と「提案」という点について考える。膨大なデータベースをそのまま公開し客による検索を期待するだけでは売上が上がらないことを良く理解しているアマゾンは品物と品物を結び付けようとする。アマゾンの「リコメンド」機能は早い段階から注目されているが、それ以外にも本と本とを結び付けようという様々な仕組みが提案され採用され続けている。読者からの感想と評価や、「この本を買った方はこの本も買っています」といった機能は、膨大な数の本の中から何を選ぶべきか迷う読者に対して指針を与える。リコメンドやリレーションの設定により集められ選ばれた本たちが、Webページに見えてくる「品揃え」となる。しかも、それは読者によって不断に更新されていく。アマゾンに於いてアソシエイト(アフィリエイト)の売上が大きいのは有名だが、それらも読者がほぼ無償でせっせと店舗を拡大しつつ本を選び結び付けていると言える。また、Webの強みを活かし、サイトを訪れたユーザーの購入履歴などに合わせたカスタマイズも可能だ。一方でそれに相応するリアル店舗での「選択」と「提案」の仕組みは、手書きPOPであり、本屋大賞であり、文脈棚などといった棚での品揃えなどが挙げられる。中でも「棚での品揃え」は、実際に関連する本を並べるという意味に於いて書店による「提案」と「品揃え」を同時に実現していると言える。さらに、「棚での品揃え」は、店頭を「データベース」、店頭在庫を「テーブル(データベース内のデータそのもの)」と仮定した時、その中から意図を持って抽出されたデータという意味合いを持ち、検索性に於けるひとつの可能性をも示している。ただし、書店に於ける「選択」と「提案」の多くは書店員によるものか出版社の販促であり、オンライン書店での読者によるコンテンツ(UGC=User Generated Contents)のような取り組みはあまり多くない。※店頭をデータベースと仮定すると「棚での品揃え」を実現するための店員による選書行為を「クエリー」であるとしたい気もするが、データベース用語は若干分かりにくいので割愛する。

書店店頭が有限である以上、「何を店頭の在庫とするか」が「(店舗での)品揃え」を決める。例え店頭検索端末のDBを充実したところで(それが無意味ではないのは後述)、「(店頭での)品揃え」は変わらない。「品揃え」については、本来比較できない「データベース」や「在庫」や「文脈棚」のような要素が渾然一体となって論じられている例が見受けられる。店頭という有限な場での品揃えは、ある意味、実体化したデータベースであり、そのままレジに持っていけるストックでもある。店頭が有限であることは「網羅性」から言うと圧倒的に不利だ。が、検索から購入に至る流れに於いて「選択され整列された本の中から出会った本をそのままレジへ(そして会計後はすぐに読み始められる)」という流れは圧倒的に有利だ(電子書籍についてはここでは触れない)。

ここで挙げた品揃えの三つの側面について改めてまとめると、以下のようになる。

1.データベースの網羅性
 →オンライン書店はデータベースそのもの。網羅性についてもデータベースそのものの網羅性とイコール。
 →リアル書店では「店頭在庫」と書誌情報を管理・検索する「データベース」は別物である。網羅性については店頭在庫で判断される。※店頭検索用のデータベースが充実しても網羅性を満たしているとは判断されにくいのではないか。

2.入手性について
 →オンライン書店ではデータベースの在庫情報が重要。
 →リアル書店でも在庫が重要。但し、店頭在庫のみが対象となる。※自社倉庫や取次在庫の有無は店頭での入手性の評価とならないのではないか。

3.選択と提案
 →オンライン書店はデータベースの書誌情報からの選択と提案だけでなくユーザーによる選択と提案を取り込みつつ拡大する仕組みを用意している。また、見せ方についてもユーザーによるカスタマイズが可能。
 →リアル書店での選択と提案は書店員によるものか出版社による販促で、読者による選択と提案を取り込む試みは少ない。

改めて品揃えの三つの側面を考えてみると、品揃えに於けるリアル店舗の有利不利が浮かんでくる。商売としての書店にとって最重要なのは来客であり売上だ。品揃えは来客や売上を確保するための手段であるとも言える。なぜだろう、品揃えが目的ではないというのは自明の話のようであってそうではないようにも思うが、それはさておき、リアル店舗の有利な点についてもう少し考えたい。

リアル店舗での店頭在庫が有限(実際にはオンライン書店でも倉庫や出版社の在庫の問題があって無限ではないが比較の問題としてリアルの有限性を強調している)であり、並べられる本の数に限りがあることはマイナスの側面だけではない。むしろ、制約があるからこそ「選択」と「提案」が際立つ可能性もある
。店舗そのものを、「膨大なデータベースから抽出した選択と提案の陳列」という状態に置くことも可能性として考えられる。いわゆる「セレクトショップ」的な方向性だが、「セレクトショップ」という言葉に縛られることはない。要は、仮想的に存在する「全ての本の在庫」から選ばれ意図を持って提案される「品揃え」という位置付けが明確であればあるほど、後ろに存在するデータベースの存在が意識されてくる、ということだろう。しかも、この方向性はもう少し小さい範囲、つまり店舗内でも有効だ。店舗内で、「品揃え」を意識し商品陳列として積極的に見せていく部分と、バックヤード的に在庫としての充実を前提として商品を保管する部分を作るということ、店舗内で在庫商品及び棚の意味合いを変化させるということ、ある意味、見せる倉庫という方向性かもしれないが、そういう方向性が今までとは少し違う方向性として考えられる。多層階の店舗やワンフロアが広大な店舗でよく見かける「話題の本」を集めたコーナーとはやや異なる性格のものを想定している。

ここへ来てようやく、自分が「いい店だな」と思う時の「(一部であっても)お客さんが面白そうと思える本が手に取って確認できる」が、ここまで考えてきた中で主に、「3.選択と提案」によるものだということが分かった。本屋の客としての自分は、どうやらそこに魅力を感じているようだ。と、同時に、「そのうえで、その品揃えの中で数を売れるものを充分に確保できる」という点については、どうしても趣味性の部分を含む「品揃え」であっても、その中で確実に売上を確保している工夫にグッと来るらしい。そちらは「(商売としての)いい店」のことのようだ。

商売としての書店では来客が重要という点に何度も触れているが、「品揃え」は初めてやってきた客を魅了する材料にもなり、再来店する理由にもなる。その意味で、やはり「品揃え」は重要だ。が、そもそもその「品揃え」に客が魅力を感じなければ意味は無い。つまり、「品揃え」は、「その品揃えを面白いと思う客」に訪れてもらって初めて意味を持つ。特に万人を対象にするのではなく意識的に「選択」と「提案」を行なう場合は、それが響く客を確保する必要が生まれる。昨今のお店の中には「客を絞り込む」ことを意識しているところもある。それは「品揃え」を生かすための必然なのだろう。「店が客を選ぶことによって客が店を選ぶ」、そのためにも、来店の工夫がますます重要になる。古くは音楽教室などの併設、最近だと喫茶スペースの設置などは、単に空きスペースを活用してということではなく、来店のための積極的な意味合いがある。店頭検索用端末も、単に店内の在庫を調べるだけでなく、無かった時には発注できるところまでセットになって初めて意味がある。客からの注文には受け取りが発生する。受け取りによって再来店してもらうことができる。これは事前予約についてもまったく同様。特に事前予約については店頭在庫が不可能なわけで、店頭検索用端末なども含めた工夫は不可欠と言える。一見来店客へのサービスに見える座り読み用の座席の提供なども、長居できる環境を用意することで再来店を促すものと言える。最近流行の店舗でのイベントも、イベントそのものの売上より来店が鍵だ。もちろんポイントカードなども再来店を目的としている。他業態で行なわれている来店ポイントやエコ(簡易包装)ポイントといった手法の導入も考えられる。そこまでいくと「品揃え」以外でどう再来店を獲得するかという話になりそうな気もする。「品揃え」以外の要素を目的として再来店する客まで考えることこそがこれからの鍵であり、最重要であるかと思われた「品揃え」ですら見直しの対象となり始めているということなのかも知れない。